昭和五十六年十二月三日 朝の御理解
御神訓
「神は声もなし形も見えず疑わば限りなし恐るべし疑いを去れよ」
目に見えないものを信ずると云うのですから難しいと云えば信心はそこん所が難しいんじゃないでしょうか。
信心をさせて頂くという事は見易いのですけれども、信ずるいよいよ確信とその確信ずけられる信心、神様それが私は難しいと思いますけれども、その難しい神様を目に見えない神様をあるかないか分からない自分の心で確かめていこうというのが信心だと思うですね。心とてもそうです。
あるかないか分からないね。けどもあるにちがいないね。自分の心の中に感ずる事がある色々と。やはり心で感じておるのである。身体で感じておるのじゃない。心で感じておる。しかも、あるかないかわからない形のない神様をね。神は声もなし形もなしとあるのですから。
ところが、この神様をいよいよ信ずるという事になると限りがない。又限りないおかげに神様のおかげだな、神様のお働きを受けておるんだなと実感が頂けれる生活を私は信心生活だと思う。
金光様の御信心を頂いておるというだけが信心生活じゃない。神様を信じて疑わない。その働きをまあいうならば、日々刻々の中に感じる生活ね、神をここに感じる生活を信心生活。為にはね、私おかげはその気にならなくても頂きますけれども信心はいわゆるその気にならなければ頂けないと思うです。
信心は本気で信心を頂こうというその気にならなければ頂けるものじゃないです。おかげはその気にならんでも頂けますね。その為にまあ御神徳を受けられたという方達は、その神様をいよいよ感じいよいよ信ずる事ができる事の為の修行をなさったと思うですね。 昨日研修の時に、昨日の朝の御理解を頂いてみんながどういう事を感じそして頂いたかという事を、ある先生がまとめに書いてました。それが塗板に掲示してあるのがそれなんですけれども、親先生が信者氏子に願われる切々たる悲しいまでの願いを感じたというのです。昨日の御理解の中から。
私も又昨日は少し御理解が長かったけれどもね、もうそれこそ切々として皆さんに聞いて頂いたのはね、それこそ神様の願いを分かってくれよという事だったと思うんです。私自身が神様をね、いわゆるおかげを頂きそん時は信心を頂いてなかった。おかげだけは沢山頂いてきた。けれどもだから、おかげを頂いただけでは確信は生まれません。やはり信心を頂こうという事になってこんとね。
そして、段々ならこれでよいという事はありません。これからも限りなくその確信を大きくしていく事で御座居ましょうがね。現在頂いとる私の信心を皆さんに聞いてもろうてね、本当の信心生活ができ本当の神様のいわゆるおかげ、いわば驚きと喜びの世界に入ってもらいたい。そしてあの世にももって行けこの世にも残しておけれるといわれる御神徳をも頂いてもらいたいというのであります。それには様々なやっぱ手立てがあります。
昨日も御理解の中に、私が昨日お話したここのこういう言葉を使ったんだけど皆は意味がわかっただろうかというて聞いた事でしたけれども、あの上滝さんのいわゆる上滝勇さんのお話をいたしましたが上滝さんは私にね、いよいよ神様を確信して下さった人だという意味の事を云ったんですよね。昨日のお話の中にどうして上滝さんが私に神様を与えてくれたか、みんな分かったかってみんなに尋ねた事でしたけれどもまあ言葉足らずだったと思いますよね。
上滝さんが私に神様を与えてくれた。どういう事かわからなかった人もありましょうけれども、その当時私はお道の教師のような事は夢考えてもなかったし、只おかげ頂きたいという一念でその為にはどうしても神様を本当に信じたかったわけです。お話を頂きますとね神様がこの生命を作って下さったんだと、よくね例えば自転車屋さんに自転車がくずれても自転車を修理してもらう事が出来るように、神様がこの身体を作って下さったんだからね修繕もまた神様がして下さるんだというふうに教えられてきたんです。ですから本当にそれをそうなのか知りたかったんです。
久富正樹先生の所へお話に行った時にあちらの今小郡でお商売をしておられる久富繁さんという方が、上滝さんの小学校時のお友達です。私が久富正樹先生所へお話に行っておる、それをみんなが今こうして三井教会から大坪さんという人が話に来て頂いてとても有難いお話があるからというような事から、その上滝さんに話されて上滝さんの御主人が具合が悪いというのでお導きをされたのが久富繁さんであり今の上滝さんなんです、ね。それから一生懸命にまあそれこそ主人の病気を治したい一心というか一念の信心が始まったんです。
ね、それに私があちらへ久富繁さんから一辺お話に行ってくれというのでお話にまいりました。もうそれこそこの世の者とも思われないような様子でした。そりゃ粟粒結核でしたからね。もう上滝さんとこではもういうなら茶碗お箸ひとつでもいちいち熱湯で消毒しなければというようなまあ結核の中でも一番怖い核だそうですね。 そして、まあ兎に角まいりましてその寝込んでられる所へ行って感じたんですけれども、もう普通ではこの人が助かるとは思えないという様子でした。そうでしょう、お医者さんがいわゆる当時の結核の権威と云われる医大の先生が見えられてもう時間の問題だというて帰られたぐらいの時でしたから、私がまいりましたのは。
今の大和さんのお父さんが、私がお話に行っとるとお縁から腰掛けてからじっーとうさんくさそうにしてから私を見ておられたのを今でも記憶に残っております。後から聞いたのに、どこのお下坊主が来とるやろかち思うたち、そうでしょうね、もういよいよ修行が始まろうとする前の時分の私ですから。ね、それで私はあそこの床の間で御神米入れを立ててそれから御祈念を始めました。
とても助かりそうに、けれども今云うように神様がこの生命肉体を作って下さったんだというのだから神様私がね、この上滝勇という氏子の助かる事によってあなたを信ずる事がいよいよ出来る。今まで頂いてきたお話を本当にそうだなやっぱり神様がこの生命をこの身体を作って下さったんだからやっぱ修繕して下さったんだという事が分かれば私は神様を、あなたを信ずる事がいよいよ出来ます。ね、そういう意味でどうでも助けて、もし助からなかったら私は神様を疑うことになる。そんないうなら気持ちで一心におすがりさしてもらいました。
そしたら私の御神願にあの、葡萄がね半分腐れかかっとる葡萄がいっぱいあるのを頂いたです。ハハァーもうこれは駄目だなあとねもうやっぱりゴミ捨てもう食べるわけにもいかんもんそんなに、だから捨てるより他にない。これはもう火葬場行きだなあという感じがした途端に頂いたのが、その葡萄をね、こう何か壷の中に入れていく所を頂いたんです。そして水を汲んで上からキチッと密封するというですかね。いわゆる発酵させて葡萄酒にするというのです。 そん時に私はいうならまあ確信のようなものが湧いてまいりました。ハハァーこれは神様がもう今のこのままでいきゃー難しいだろうけれども、上滝さんそん時分に云っておられましたが、もうあらゆる手立てあらゆる仏様神様という所にお参りさして頂いたらもうこれはあきらめなさらないけませんて、御本人はもう死ぬる装束をつけて草鞋を履いて片一方はもう履いておられて、片一方の紐を結びなさればもうあの世行きですと云われたというのです。ね、上滝さんももう自分でおかげ頂いて後に話しておられましたが、これがあの世というのであろうか、にやらせて頂いたところは大きな神様のお社のようなものがあってそこから一陣の風が吹いてきてバーッとひどい風が吹いて吹きやられて吹きやられてホッと気が付いた時には、自分の枕元で家内親達がみんな集まって亡くなったというて泣いとるところであった。
ね、私が頂くのはいわゆる半分腐ったような葡萄をけれどもこれを助けるこれが助かるという手立てというものはこれを食べる事にはもう出来ないけれども葡萄酒にする事は出来る。だからこのいうなら蓋を密閉して、中が発酵してそれが葡萄酒にもなるようなおかげが頂けるというお知らせを頂いてまあ、それこそ一生懸命で上滝さんの助かる事の為にしかもそれは私が神様をいよいよ分からせてもらい信じさせてもらえる事の為に助かってもらわねばならんと思うたんですね。
私、昨日の御理解はそこん所をね昨日研修の時その話をみんなにさして頂いた事でしたけれどもね、本当その気になって神様を頂こう本当に神様がねおかげを受けるという事においては限りないおかげを頂いて来たけれどもいよいよギリギリの神様を信ずる事が出来なかった。わからなかった。信ずる事が出来ないというけれどもわからなかった。上滝さんを通して成程この生命というものは神様のお心次第だ。自由自在になさる事が出来るんだ。痛い痒いも神様のおかげなのだという事がわかったんです。助かられたのですからね。そして又西鉄に復職されるという所までおかげ頂かれたんですから。ね、私のいわゆる神様を信ずる確信というものはいよいよ強うなっていったんです。
ね、ですからその気にならなければ私は神様は頂けないしほんならそういう意味において、上滝さんは私に本当の神様を与えて下さったんだというふうに昨日云ったんです。そんな訳でした。ね、まあそれから様々なおかげを受けていよいよもう確信が確信を生んでいき育ってきた今日なんです。ね、漠然とした神様ではない。ね、それは疑えば限りない。形もなければ声もないそれを漠然としたものでなくてね、いわゆる絶対なものとして確信していくところのおかげを頂いてまいりました。
昨日、私共朝の食事を家内と繁雄さんと三人で食事いたしますから、終わっとる所へ久富繁雄さんの奥さんが見えたとこう云うのです。何かお届けがあるというて、だからこっちにどうぞというてまいりましたらあのー奥さんが見えてありました。見えました。田主丸に嫁行っとられる馬場さんです。和江さん。毎朝今朝参りしてくるんです。主人が骨折して一ヵ月ほど病院に入院しとる。昨日もお参りをして大変喜んで同じ状態の方が同室に二人治りも一緒ぐらいに退院だろうというのが二月かかると云われておった先生から、ところが、自分の所の主人は一ヵ月でもうギブスがとれた。自分で便所でも行けるようになったというおかげを頂いたという御礼のお届けであった。隣の人が私がつだけどうしていつまで治らんじゃろかと云われるから、ギブスを取ってそこん中に御神米を入れてある。私がつはこれば入れとるけんちがうというて節雄さんといいますか、が云われた。そんなら私にもそん御神米ばくれんのと云われたというお届けを昨日して帰ったばっかりでした。
それに昨日ほんなら繁雄さんの奥さんが見えてから只今、その和江さんから電話がかかって私は今事故におうちから死によるという電話がかかってきたげな。ほいでまあびっくりして国雄息子さんですね。長男と一緒に行って帰りにお礼のお届けに見えたんですけども、成程自動車はもう死んでしもとるごた形がないごとこうくずれとった。ところが、おかげを頂いて本人はまあかすり傷もしとらんというくらいであった。ね、どうでしょう。
私はその奥さんのお届けを逐一かしながら繁雄さんの顔ばかり見よった、ね。本当にこの自分自身が通ってきておられる所ですからね。ですからもう動揺がないです。ね、もう本当に平静心で受けておられたように思うです。そしておかげとして心から御礼を云うておられる感じです。ね、お参りの帰りに死ぬか生きるかという事故にあわれたり、お参りして来てる途中に大怪我なさったりまあ何十年の間に様々な事があった。信心しておるからね、おかげからおかげばっかりという事じゃない。様々な事があったけれどもそこにもう本当に一歩でも後退りをしていないね、それを全部おかげにしておられる。
私、信心の有難い所は又今日の御理解からいよいよ神様を信じて疑わないというような信心はやはり信心体験による事ですけれどもなら、お参りをしておってしかもそんな喜びいっぱいで御礼参拝してその帰り道にそういう事故にあったという。自分がぶつけた壁と電柱にぶつけてね信心のない人薄い人は云うでしょう。お参りしよって帰りにそげな怪我しょってからと、自動車で何でんこっくずしちもうてからというでしょう信心のない人は又薄い人は。ね、信心しておってもです、お参りの帰りにこげな事になったというて信心が弱ったり挫折する人すらあるです。
昨日和江さんが行かれてすぐ云われたのは今日は不思議なこっちやあると思うたと。親先生にお届けさして頂いたらいつも毎朝一体づつしか御神米がさがらんのに今日に限って二体下がるけんどういう事じゃろかと思いよったと云うたという事を昨日奥さんが云うておられました。私もそれを思いよりました。下げる時にどういうわけで二体下がるやろかと思ったんです。所が主人のと自分のとという事だったでしょうね、神様としては。だから信心しておるとそういう働きも前後に受けるですね。やっぱけどもそういう時にです、それこそ繁雄さんが昨日その事を聞いて云うておられましたがもう本当に和江のうちはもうそれこそ大難がかかってくる所をいくつにもいくつにも分けて頂いて、それ以前にも様々な事故があったんです、いくつかの。ですからいくつにもいくつにも分けて頂いておかげ頂きよりますとこういうふうに云われました。
ね、だから信心しておって起きてくる事に無駄はないです。おかげおかげ、いうなら大難を小難という風に申しますけれどもね、もう本当に神様の御都合で大難を小難、大きな難を取り返しのつけんごた難をいくつにも分けて頂いて、信心しとればこそ頂くおかげとしてもうそこにはお礼だけしかないというような信心からでなからなければ今日私が云う神様を本当に頂くという事は出来ないと思うです。
ね、それにはなら日頃の久富さんの信心を皆さんも知っとられるようにですねまあ素直一途とでも申しますかね、生き生きとした信心をなさっとられる所から私はあのそういう娘の事故にあった時でも顔ひとつ変えることはいらんのです。ね、してそれをおかげにしていく。私は信心はね、そういう時にいよいよ神様を信じて疑わない確信というものが生まれる。いわゆる信心が育つという時にはそういう時だと思います。
いよいよ信心が育つといったような時に出会った時にね、そこで信心がグズグズしていつまでも堂々巡りの信心をしておるという人もあります。そういう時に飛躍していくという信心の人もあります。それにはどうしてもね、いわゆる瑞々しい生き生きとした信心が日頃でけておらなければなりません。又受け方が素直一途に受けていくという受け心がでけなければいけません。私信心にはね、それこそ…信心のいうなら艶かしさといったようなものがいるんです。ね、ちょっと言葉が少し違うかも知れません。ね、いうならばときめきです。
自分の心にときめきを朝参りにハァ今日はどげな御理解を頂くじゃろかと思うたら心がときめいてくるくらいな斬新なというか、生き生きとした信心がなされませんとそういういろんな時にね、ドッコイと受けとめもう淡々として受け止める。有難く受け止める。様々な受け止め方があります。それに挫折するという事すらあるのです。大事にしなければいけません。為には生き生きとした瑞々しい素直な信心を頂かなければ。
昨日、吉井の熊谷さんがここでお届けされますのに毎日塗板に掲示されておるのを、以前は長かったりちょっと忙しかったりすると半分なら半分位でやめるような事があったけど、どうしてあんな事したじゃろかと、毎日毎日もうまとめの素晴らしいのに心踊らして筆記して帰ると云われる。車で急ぎよんなさっなら先に帰って下さい。私はバスで帰りますからというような心持ちですというお届けをされました。もう八十いくつのお婆さんですよ、ねぇー。それが毎日毎日、勿論御理解も拝聴するだけではない塗板に掲示してあるとをです相当時間をかけてね、それを写して帰って清書してそれをノートしていかれる。そしてそれを又清書してもうそれこそこれは自分の宝物残しておくものとして大事にしておられるという感じであります。瑞々しいでしょう。信心が生き生きしてるでしょう。こうやって横目で見ているだけで読んでしまう人すらない位な人も多い中に、それをまあ暇があるからといえばそれまでですけどどんなに暇があってもでけん人はでけんです。
今日私が云う、その気にならなければでけません。ね、おかげを頂くという事はその気にならんでも頂くけれどもね、信心はその気にならなければ頂けません。いよいよ間違いのない神様である事を絶対信として育てていく為にはその気にならなければ絶対信としての神様が表れてくれません。ね、疑えば限りがない。声もなければ形もない。そういう神様をあるやらないやらわからん自分の心で受け止めるキャッチしていくという事。それには私信心のいうならば艶かしさね、ときめきを感じるような瑞々しい心で神様へ向かわしてもろうてその気にならなければ、しかもそれが素直心にならなければといったような事を今日は聞いて頂いたですね。どうぞ。